自学・原点はここから

教育技術シリーズ

 自学という言葉が、学校教育の現場に広まって久しい。その分だけ、とらえ方はさまざまに存在するように見える。

 「宿題ではなく自学を」というときには、「教師から与えられた課題ではなく、自分で見つけた家庭学習をしよう」という意味にとらえているようだ。
 この場合は、今学校で取り組んでいる教科学習とは別の内容を自分で取り上げようという意味にもとれる。

 宿題をどうするかという問題は、長い間学校現場では取り上げられてきた。表に出てくる論調としては、一律の課題、膨大な量について批判が多い割には、現場からはなかなか消えないという状況が続いている。

 その宿題の問題と表裏一体のように、自学が話題になってくる。
 「子どもが自分で学習に取り組む」という意味においては、自学はとりあえず悪い言葉ではない。教師や保護者からあれこれ言われて仕方なくする学習よりは、自分で取り組んでいく方がいい、というイメージはある。

 だからと言って、「自分で考えてやりなさい。」と丸投げしたところで、子どもたちが自分でできるようになるわけでもない。
 また、「自分で」と言っておきながら、教師や保護者は、その内容や時間、あるいは取り組む姿勢について、あれこれと注文する。

 自学の名の下で「丸投げ」に見えるような方法を提示しつつ、どこかしら理想のイメージがあるものだから、子どもにしてみればむしろいい迷惑かもしれない。

「結局、どうすればいいんだよ。」
という心の声も聞こえてきそうである。

 だから、この自学の取り組みは、結果としてばらつきが大きい。
 学校単位で見ても、大きな違いはある。担任教師の取り組み方にも違いはある。そして、子どもそれぞれの取り組みも違いが生じる。

 違いはあっていいのだが、それが単なる混乱であれば論点整理も必要であろうと考えている。

 そもそも、子どもに自学を推奨する教師自身は、何かしら自学をしているのだろうか。

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