子どもは教師が好き

初等教育論

 子どもは基本的に教師が好きである。
 それは好きになることで、その庇護を受けることができるからである。守られるべき子どもたちは、その守ってくれる人に依存しなければならない。
 その生存への本能が、教師を好きと言わしめる。

 親にも同じことが言える。子どもは親が好きである。生まれたときから、何もできない自分を守ってくれる存在だからである。

 そんな言い方をしたら身も蓋もないと思うかもしれないが、哺乳類として子育てをする種である以上、こうした本能がなければ絶滅する。

 反対に大人は、赤ん坊の顔をかわいいと思う。生まれてきたときのあの様相(丸くて小さくて、ふやふやした感触)を心地いいと思う本能がある。
 もちろん個人差はあるし、人間は社会の変化によって本能だけで判断できない状態になっているのですべてがそうであるとは言わないが。

 話をもどそう。

 子どもは基本的に教師が好きである。叱られても、しばらくしたら寄ってくる。わがままを言うけど、それが注目されたい気持ちの裏返しかもしれない。

 いずれにしても「基本的に」好きなのである。

 教師の立場からすれば、これは正直うれしい。
 自分ががんばっているから、子どもたちも自分のことを好きになってくれているのだろうと思ってしまう。それが教師としての自尊心にもなるので、悪いことではないと思う。

 しかし、慢心してはいけない。
 その子どもたちが「嫌いだ」「会いたくない」というのは、よほどのことであると考えた方がいい。

 「学校に行きたくない」であれば、阻害要因は教師でない場合もあろう。しかし、はっきりと名指しをされたのであれば、何か理由があるはずだと自分を振り返った方がいい。
 自分を守ってくれるであろう大人を拒否するのは、子どもなりに大きな決心だから。

 ただ、現代社会はもう少し複雑なので「先生が嫌い」と言っていることが、100%額面通りとは限らない。

 好かれているので安心だという慢心が、指導の過ちを導かないよう心して取り組めばいい。

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