教科書活用5 迷信の根拠が粗雑

初等教育論

 「教科書を見せると子どもが考えなくなる。」という迷信がある。
 その迷信が成立する前提には「新しい学習は、すでに学んできた学習の上に成立する」という考えが存在する。既習内容を思い出し、組み合わせていけば、新しい学習内容を子ども自身が発想できるだろうという、おめでたすぎる仮説がある。

 言っていることは概ね正しい。人間はすでに持っている情報を組み合わせたり改良したりすることでしか、新しい発想を生み出すことはできない。ゼロからは生まれないのだ。

 しかし、対象は子どもである。

 そもそもの絶対的な経験量が足りてない。しかも学習内容がいつも連続で出てくるとは限らない。場合によっては、前の経験から一年近く時間が経過することもある。分度器や、コンパスの学習はまさにこれである。ほぼ一年前に初めて登場した道具を一年ぶりに触って、前の感覚や正しい使い方を思い出せるなど無理な話である。

 よく職員室で「子どもたちはすっかり忘れていて・・」と愚痴っている教師がいるが、それが当たり前である。子どもの一年は大人の何年にも相当する。使いこなすというレベルに上がるまで使っていない。
(人間はどんな道具でも技術でも使いこなすという段階には一定の習熟時間が必要である。)

さらには、そのコンパスを使って、合同な三角形を書くための一点を見つけるというような高度な応用を期待する方が無理であろう。

 教師は去年の学校の研究テーマが言えるだろうか。その研究授業で何を研究したかどのくらい覚えているだろうか。さらにその時に身につけたものを今年の研究の中で思い出して使ってみてと言われて、「新しい授業の方法が分かりました。」と言える教師が果たしてどのくらいいるだろうか。

 子どもに強気で言えるのは、教師である自分がコンパスの使い方を知っているからである。それだけである。
 大学生が「高校の時に勉強した積分なんか忘れました。」と言えば、きっと「そうだよねえ、わすれるよねえ。」というだろう。自分も忘れているからである。(笑)
 小学生がコンパスの使い方を(一年ぶりだから仕方ないのに)忘れていたら「去年、勉強しただろう?」と言ってしまう。

 体育のサッカーの学習で、一年ぶりにボールを蹴る子どもは、「去年はいったい何を学んだんだ!」と叱られても、困るだけである。

 記憶するという点では、算数も体育も同じである。いずれも脳の働きの問題である。習熟と定着に一定の練習量が必要なのは、どんな学習でも同じである。

 ましてや、その記憶をもっと難度の高いものに転用する発想などが、子どもから浮かぶこと期待することだけ無駄である。

 4年生で割り算の筆算を学習すると考えよう。
 割り算の筆算は「何十÷一桁」の計算と、3年生までの九九を反転した割り算の組み合させでできる。
 つまり既習内容の組み合わせなのである。

 と、言われても、子どもたちがそれを自力で見つけるほどに、既習内容に習熟しているかと言えば、全く無理である。
 ましてや、筆算の形を自分で見つけることなどできるわけがない。世界には何通りもの割り算の筆算の形がある。わが国で学習する方法は、その中の一つなのである。

 割り算の筆算は、文化の一つであると考える。
 それは継承すべきものであり、独自に編み出すものではない。子どもが勝手に便利だからといって「割る数を右側に書きます」というわけにはいかない。
 同じ形を教えてこそ、文化はつながり、継承されているのである。

 よって、授業は
「72÷4の計算をするためには割り算にも筆算の方法があって、それを使えばいいのですよ。今日はその学習をします。」
 と教師がまず言い切って、教えてしまえばいいだけのことである。

 そうやって教師が教えると言い切れば、塾で先に勉強した子どもが「ぼく、知ってまーす。」と言っても「みんなと一緒に勉強するから、自分の方法で間違いないか、確かめていってね」と一言言って、さっさと教えればいい。

 前の学習を思い出すことも、それを組み合わせることも、させなくていい。仮に子どもたちが「先生、これは前に学習したことの組み合わせですね。」という子どもが出たら、それこそ大いにほめればいいだけのことである。

 算数の学習では確かに既習を組み合わせたり、そこからの延長で新しいことが出てくる。学問としての構造はそうなっている。しかし、それを子どもに期待せずに「全く新しいこと」として教えてしまうのである。

 それも教科書にそって、教えていけばいい。

 子どもたちは教えてもらったと言っても一度で理解できるわけではない。自分で後から振り返ることができるように、「ここに書いてあるよ。あとから自分で振り返ることができるよ。」と安心させながら進めるのである。

教科書活用シリーズ

教科書活用1 情報の宝庫
教科書活用2 完成度
教科書活用3 見せない現場の教師
教科書活用4 道に迷う子どもたち
教科書活用5 見せない根拠が粗雑
教科書活用6 手順は教科書通りでいい
教科書活用7 子どものため・教師自身のため

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